「野獣先輩女の子説」は同性愛者に対するヘイトスピーチではないか

樋茂 国明 (ひもてぃー)樋茂 国明 (ひもてぃー)
匿名クラブ 理事長

今年5月、外国人に対する不当な差別的言動の解消に向けて、「ヘイトスピーチ解消法」が国会で成立した。

「在日特権を許さない市民の会」などの自称愛国・保守・右翼らによる差別的言動の結果、「ヘイトスピーチ」という言葉も一般に広まってきているように思える。しかしこの言葉自体は人種、出身国、思想、宗教、性的指向、性別、障害などに関する差別的言動にいう広い意味のものだ。外国人に対してのそればかりが注目されるが、これら様々なマイノリティに対してのヘイトスピーチも見逃してはならない。

そこで筆者が気になったのは、2001年発売のコートコーポレーションによるゲイ向けアダルトビデオ「BABYLON STAGE 34 真夏の夜の淫夢 ~the IMP~」などに出演した男性セクシー俳優の「田所」氏、通称野獣先輩についてインターネット上で唱えられている、いわゆる「野獣先輩女の子説」だ。

ニコニコ大百科の記事では、この説の根拠として「男が好き」「甲高い声」「女の子らしい飲み物であるアイスティーを常備」「(陰茎の)挿入待機時に乙女の恥じらいの表情」「枕がデカイ」などが挙げられている。(ニコニコ大百科の執筆者,2016,「野獣先輩新説シリーズ」『ニコニコ大百科(仮)』,(2016年10月6日取得,http://dic.nicovideo.jp/a/野獣先輩新説シリーズ))

「野獣先輩女の子説」自体はネット上での「ネタ」として出演作のファンに親しまれているが、筆者はこの風潮に根深い問題があるように考える。

まず一つ、前述したニコニコ大百科の記事に記された「根拠」は、いずれも旧弊な「女の子らしさ」に基づいた封建的、前時代的なものだ。本作品のファンは主に10代から30代の若年男性と言われている。そのような比較的最近の世代にさえも「男たるものかくあるべし」「女はこういうものだ」といった差別の温床となる考え方が未だに根強く残っていることの表れであろう。同性愛をはじめとするマイノリティの問題を論ずる以前の問題である。

もう一つの問題は、このネタがゲイ向けポルノビデオを題材に作られていることにある。当然のことながら、この作品には男性同士の肛門性交の描写が含まれている。同性愛に否定的なホモフォーブや、マイノリティの人権を認めない反動主義者はこうした描写に嫌悪感を覚え、拒絶する。そこで彼らが用いるレトリックが「野獣先輩女の子説」なのではないだろうか。田所氏を女性とみなすことによって作品中の性交描写は異性愛ということになり、彼らにも受け入れられるものとなる。

ホモフォーブや反動層にも受け入れられるのなら良いではないか、と考える人もいるだろうが、それは大きな誤りである。そもそもマイノリティをマジョリティに同化させようという思想が根本的な誤りを犯しているのだ。かつて様々な形で行われた「同化政策」の結果を見ればこれは明らかであろう。

さらにタチが悪いのは、この言説が明白な差別意識をもってなされているものではなく、あくまでも「ネタ」として扱われていることにある。

彼の出演作のファンは、同性愛者よりもむしろ異性愛者、さらに言えばいわゆるファッションホモに多い。彼らはビデオにまつわる話をする際、同性愛者を差別しようとする意思を持たないままヘイトスピーチをする。良識ある人々から指摘されたとしても、彼らにとってゲイ向けビデオはあくまでも「ネタ」でしかないから、一切の罪悪感も持たずに平然と「マジレス乙(マジになったレスポンスお疲れ様の意)」と返すのだ。この傾向は「女の子説」にまつわるもののみに留まらず、コート社製の他のビデオ、さらには他社のゲイ向けビデオのコンテンツのうち「おもしろい」部分をネタにし、「淫夢」と総称される独自のカルチャーを作り上げている。こうした風潮に対し嫌悪感を覚える同性愛者も少なからずいるという。

我々は、「ネタ」として広まるヘイトスピーチを警戒せねばならない。我が匿名クラブのワサラー団ブランドチームは「LGBTの人権擁護」を標榜しているが、実態は「淫夢」を「ネタ」にして楽しんでいるに過ぎない。悪意は善意の顔をしてやってくるということを忘れてはならないのである。